東海科学機器協会の会報

No.374 2020 春号

曜日に因んだテーマでおくる 1週間のサイエンスリレー

火に関わる分析装置

オザワ科学株式会社 技術本部 戦略課 大脇 直人

■はじめに
 昨年、2019年にはアジア初のラグビーワールドカップ2019日本大会が開催されました。我らが日本代表は予選を4連勝で通過し、初のベスト8入りを果たし、日本中が熱狂しました。ご多分に漏れず、私もにわかファンとして胸を躍らせたひとりです。今年、2020年は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が7月24日より開幕します。また、それに先立ち3月26日からはオリンピック聖火リレーが福島県を出発し、全国を回ります。今回はこのオリンピック聖火に関連し、火と分析装置について考えていきたいと思います。

■聖火リレー
 オリンピック聖火リレーに使われる聖火はギリシャのオリンピア遺跡で太陽を利用して採火され、聖火ランナーによってオリンピック開催地まで届けられます。現在のオリンピック聖火リレーは、1936年にドイツのベルリンで開催された第11回ベルリンオリンピックで初めて導入されました。そのきっかけはドイツのアドルフ・ヒトラーだと言われています。聖火リレーは、多くの人々が参加し、その国の人と地域が持つ多様な魅力を発信する一大イベントです。オリンピックでは、聖なる火を多くの人々と共に繋ぎ、オリンピックの象徴として灯されるのです。火は人々を魅了する不思議な力を持っているのです。

■火とプラズマ
 火は物質の燃焼(酸化)に伴う現象で、古代ギリシャでは4大元素のひとつと考えられていました。酸化反応がある条件で起こると熱と光を発します。このとき私たちが感じる光と熱の正体が火です。火は水や鉄のような固定の質量を持った物質ではなく、可燃性の物質と酸素が反応して熱と光を出している「現象」なのです。もう少し深堀りすると火は、固体・液体・気体に続く第4の状態「プラズマ」であるとも言われますが、これは間違いです。プラズマは固体・液体・気体とは異なり地球上で一定の状態ではありません。プラズマは気体が磁場に曝された時や、何千度や何万度に加熱された時に生成されます。一方、火は数百度程度に熱せられた時に発生します。宇宙空間において質量の99%以上がプラズマであると言われており、太陽はプラズマ状態です。2006年9月に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」によって、太陽を取り巻くプラズマ化した大気の中で起こっている活発な現象を、より詳細に観測・研究できるようになりました。太陽は燃焼しているように見えますが、宇宙に浮かぶプラズマだと言えます。

■微量金属の分析装置
 火とプラズマを用いた分析装置で試料中の微量金属濃度を測定する事が出来ます。学生時代の化学実験の中でも印象に残るものに炎色反応があります。火の中に特定の金属を入れるとナトリウムは黄色(波長589.0nm)、銅は青緑色(波長510.0nm)の特有の色を示します。この原理を活用し、光と原子の相互作用に基づくスペクトルを元素の定性や定量に用いる微量無機分析装置に、原子吸光分光光度計と誘導結合プラズマ発光分光分析装置があります。これらの分析装置は、半導体、金属材料、環境、食品、化学、製薬、廃棄物など幅広い分野で使われています。

■原子吸光分光分析
 火を用いた分析装置にフレーム原子吸光分光光度計(以下、AAS)があります。試料を火の中に霧状に噴霧すると火のエネルギーにより原子化します。そこに元素固有の波長を含んだ光(ホロカソードランプ光源)を照射し、その光の吸収を測定することで、試料中の金属元素の定量を行う分析装置です。(図1)フレーム法では、空気-アセチレン及び亜酸化窒素-アセチレンのフレームが用いられます。試料濃度はppm程度が測定可能です。ランニングコストは後述のICP-AESと比較して安価です。但し、一度の分析で測定可能な元素はひとつだけです。また、AASにはフレーム法の他にグラファイトファーネス法があります。火ではなく電気炉と黒鉛管(グラファイト)を用いて試料の原子化効率を高めており、試料濃度はppbまで測定可能です。これはファーネス法やグラファイト炉法、フレームレス法などと呼ばれます。
図1 フレーム原子吸光分光光度計 模式図

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■ICP発光分光分析
 プラズマを用いた分析装置に誘導結合プラズマ発光分光分析装置(以下、ICP-AES)があります。ICP-AESは、試料を霧状にして高温のプラズマに導入します。するとプラズマのエネルギーにより試料に含まれる元素は元素固有の波長の光を放出し、放出された光の波長と強度を測定して、試料中の金属元素の定性定量を行う分析装置です。(図2)プラズマはアルゴンガスを高周波で振動させることにより、限られた空間に高温の荷電粒子(Ar+と電子)を生成させます。また、ICP-AESはAASと比較されるケースが多く、AASは励起温度が2,000~3,000Kであるに対して、ICP-AESは励起温度が5,000~10,000Kと高温で多くの元素を効率よく励起します。試料濃度はppmからppbまで測定可能で、検量線の直線範囲が広い(ダイナミックレンジが広い)ことが特徴です。アルゴンガスの消費量が多くAASと比較するとランニングコストが高額ですが、多元素同時分析が可能です。これに加え、超高感度分析が可能なICP質量分析法(ICP-MS)も一般的となっています。これはICPをイオン源にし発生したイオンを質量分析計で測定することで試料濃度pptまで測定が可能です。
図2 ICP発光分光分析装置 模式図

■まとめ
 人類の歴史は火を活用することと共に進展してきたと言えます。調理に使い、暖を取り、天敵から身を守るのに使いました。そして現在では、分析化学の分野で活用され社会に貢献されています。
2020年オリンピック・パラリンピックの聖火リレーではユニークな手法で色々な人が参加します。アスリートたちの火花を散らした戦いを盛り上げるべく、聖火リレーも含め、にわかファンとして楽しみたいと思います。