東海科学機器協会の会報

No.316 2007 夏号

[ サイエンスコーナー ] 「硝子の昨日・今日・明日」

朝日テクニグラス株式会社
各務 隆弘


11_014硝子は長い歴史の中で装飾品、建築材、機能材として発展を図ってきたが、その起源は紀元前数千年に遡る。発祥の地はメソポタミアかエジプトかで諸説紛々。そもそも硝子の原料は珪酸(SiO2)が主成分の自然界に存在する珪砂と呼ばれる砂が原料であり、昨今言われる環境に優しい素材でもある。ご当地瀬戸市は国内第一の珪砂の産地だ。

 世界史の中で見れば紀元4C頃までのローマ帝国時代にシリアで「吹き硝子」の技法に工芸史上最高の技術革新があった。この頃の作品はローマングラスとして知られる。中世に入り硝子職人は周辺諸国に分散。ビザンチンやベニスでは折からの教会建築ブームに乗ってステンドグラス、すなわち板状の硝子を作る技法も大いに発展した。鏡の製作もこの頃に始まっている。とりわけベニスはイスラム圏から優れた技法による硝子器などを扱う地中海貿易でにぎわった。同時にその技法も取り込もうとしたが歴史の中でその輸入先を失ったために、自らの開発生産を強いられた。独自に会得した技法を外部に漏らさないために職人はムラノ島に集められ、外界とは遮断された社会が形成された。この間の技術的熟成がベネチアングラスの名声を築く礎石となった。水面下ではまさに「企業秘密」のスパイ合戦があったようだ。

高価なベネチアングラスは地中海の発祥であり、スペイン、ポルトガルによる大航海時代に入ると交易は大西洋域が中心となった。16C後半ローマ帝国がボヘミアに遷都するや、硝子工芸もベニスからボヘミアングラスへと移行していく。透明性に優れた原料にも支えられカット硝子器やシャンデリアは貴族の垂涎の的だった。大戦後のチェコスロバキアは社会主義体制ながら政府の手厚い保護育成策により現代でも収集家の的となっている。香水やワインの歴史と合わせて欧州の硝子の歴史を尋ねるのも興味がある。

一方日本では2~3C弥生式古墳から硝子工房跡が出土しているが、正倉院の白瑠璃瓶は日本で作られた最古の瓶と見られる。奈良時代には各所に官営の硝子製造が存在していたとされる。1549年ポルトガルの宣教師ザビエルによりビードロ(Vidro)として硝子器、鏡、望遠鏡などが伝来し、オランダ物はギヤマン(Diamant)として珍重され、総称して玻璃、瑠璃と呼ばれた。国内各地では吹き硝子と共に薩摩や江戸で日本独自の繊細な切子が産業の域に達した。因みに日本語の「硝子」は原料に硝石が使われることに由来する。

日本での近代硝子の曙は明治9年英国の技術と技師の指導により発足した官営「品川硝子製造所」に起点がある。時の殖産興業策に支えられ、文明開化を背景に板状建材硝子の生産を目指しながら不発に終わり、明治18年民営化されると理化学硝子、照明用硝子、食器、薬瓶などが生産されたが陸軍向けの用品製作も始まり、欧米の硝子の進化が軍需産業に支えられ、おおいに伸張した事実の如く日本でもその萌芽があった。

11_024その後製造所はドイツ、オーストリアなどから技術者を招聘して伝習生を輩出。岩城硝子(現 AGCテクノグラス)の創業者 岩城滝次郎他多くの伝習生を培養した。日本光学大井町工場も伝習生が参加して起業。明治35年製造所跡地に東京電気(現 東芝)が「マツダ」白熱電球を製造開始した。創立当時のレンガ造りの製造所は今、犬山の明治村に移設、公開されている。

近代の硝子に目を向ければ、建材としての板硝子は英国ピルキントン社が開発したフロート法による生産が世界の潮流となっており、結晶化硝子も戦列に加わり建築物のデザインがより自由となった。又様々な機能性硝子の開発は軍需産業、宇宙産業が牽引してきた。耐熱、耐候、電気絶縁を求めて開発されたICBMのノーズコーンが家庭で使用される鍋となり、スペースシャトルのボディは硝子セラミックそのものである。ガスレンジの硝子トップも民生用に転化された例。又第二次大戦中のヨーロッパでは爆薬の基礎原料である硝酸の製造設備に耐食金属が不足し、硝子プラントが活躍した。

11_03今日では硝子の更に高度で緻密な用途として、ニュー硝子と呼ばれる機能性硝子が新しい領域を模索している。光通信などオプティクス分野、PDP,TFTなどのディスプレイ分野、磁気ディスクなどの電子分野、薄膜太陽電池などのエネルギー分野。ニュートリノ計画でのカミオカンデの光増倍管は硝子の果たす役割が大きい。ナノテク分野では硝子をデバイスとしての微細加工技術がマイクロマシンや医療の世界で研究ターゲットとなっている。更にはガラス基盤に有機材料の薄膜を蒸着して蛍光灯などに代わる面体の広域次世代照明デバイスとして有機ELにR&Dが傾注している。実に硝子は現代においては殊更、日常生活から最先端技術のあらゆる場面でなくてはならないキーマテリアルに他ならない。冒頭にも触れたとおり原料は天然の砂であり、多くの製品は回収してカレットとして再利用される。この意味でも時代が最も要求する素材であるとも言える。

小生は長く理化硝子を業としているが、硝子の歴史を世界史や日本史に投影してみれば、更に硝子の話は興味尽きない。パリには硝子の水時計、JR大阪駅には大砂時計、品川プリンスホテルにはカシニョールのステンドグラスが。とりわけジャポニズムの影響を受けた19C末から20C初頭のアールデコ、アールヌーボー時代のラリック、ガレ、ドーム兄弟、ティファニなどの作品を求めて、国の内外問わず今後も硝子の世界を旅するつもりだ。